大判例

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福岡高等裁判所 昭和57年(う)443号 判決

〔主文〕

原判決を破棄する。

被告人を死刑に処する。

押収してある水色パジャマ上衣一枚(原審昭和五四年押第五四号の2)を、被害者大原和彦に還付する。

〔理由〕

弁護人の控訴趣意(事実誤認の主張)について<省略>

検察官の控訴趣意(量刑不当の主張)について

所論は要するに、本件犯行及びその犯情が極めて重大であり、かつ被告人は犯罪傾向が強く再犯のおそれも極めて大きく、又本件によつてもたらされた被害者の遺族の心痛などが甚大で、社会的影響も大きいことなどに鑑み、検察官が死刑の求刑をしたのに対し、原判決が、被告人を無期懲役に処したことは、その量刑が著しく軽きに失し不当であつて、到底破棄を免れない、というのである。

そこで、記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、次のとおり判断する。

一本件は、被告人が、農作業中の当時二一歳の若い農家の主婦を、強姦の目的で襲い殺害したという強姦致死、殺人と、窃盗罪一件の事案であるところ、強姦致死、殺人の罪(以下本件犯行という)における犯行の方法、態様は、白昼、一人で農作業中の被害者が、被告人に襲われ、その難を避けようとして迯げまどい、転倒したところ、被告人は同女に襲いかかつて押えつけるなどし、その着衣を脱ぎとり、ほとんど全裸の状態にして強姦しようとしたが、同女の激しい抵抗によつて強姦そのものは未遂に終つたものの、更に、殺意をもつて、同女の頸部を両手或いは片手で強く絞めつけるとともに、所携の短刀様の鋭利な刃物で、多数回にわたり、同女の胸腹部、陰部などを滅多突きにし或いは切りつけ、陰部の奥底にまで刃物を突き刺すなど、誠に残忍な方法で同女を殺害したものであつて、被告人の右所為は、何人をも戦慄せしめるような極めて残酷かつ非道なものであり、その動機においても、被害者の方には全く落度がなく、単に被告人に遭遇したというだけの不運によつて悲惨な目に合い、一瞬にして、最も貴いものとされている若い生命を失つてしまい、被告人は、本件において単に自己の性的欲望を満たすために犯行を決意したということであつて、極めて卑劣で自己中心的であり、全く同情する余地がないものであり、本件は、その動機、犯行の方法、態様、結果など、いずれの面から見ても、筆舌に尽し難いほど残酷、非道で、極めて重大な犯行である。

被告人は、本件犯行の丁度一一年前、本件の犯行月日と同じ、昭和四三年九月一一日、出勤途中で水田地帯を通行中の二〇才の若い女性を襲い、金品を強取して殺害したという強盗殺人の罪等を犯し、それによつて懲役五年以上一〇年以下に処せられ、服役したが、受刑中、刑務所内でも何回となく規律違反の非行を行つて懲罰を受けたこともあり、昭和五四年六月一一日右懲役刑の執行を受け終り、出所後は養父の許に帰り、一旦は就職したものの、必ずしも真面目に働かず、又、反省して更生の道に励もうとせず、結局は、前刑終了後、丁度三か月目に、前の罪と犯行目的が異なるだけで、ほぼ同様の本件強姦致死、殺人の罪を犯していることは、見のがすことのできない、誠に重大なことである。

本件犯行によつてもたらされた、被害者自身の恐怖、苦痛及び無念の情は察するに余りあり、のみならず、同女がこの世を去つたため、残された当時二歳と一歳の幼い子供二名とその夫は、一瞬にして平和な家庭生活を破壊され、その衝撃、無念の情及び苦痛なども甚大であつたと思われ、特に、同女の夫は、その後再婚して幼児らの幸せな育成に努力しようとしたものの、その再婚生活もうまくいかずに解消してしまい、現在でも本件犯行による痛手が残つていて、不幸せで苦痛の多い生活を余儀なくされているとのことであり、その他、被害者の親戚の者らは勿論のこと、その地域社会或いは世間一般に対し、本件犯行の及ぼした衝撃及びその他の影響なども重大なものがあると考えられる。

以上のとおり、本件犯行は、その罪質、犯行の動機、態様、結果、それによつてもたらされた影響など、いずれの面から見ても、筆舌に尽し難いほど残酷かつ非道な誠に重大な犯行であつて、被害者の遺族、親戚の者らは被告人に対し極刑を求めているところ、被告人は、残念なことに、これまで被害者の遺族らに対する慰藉の措置を全く講じていないこと、その他諸般の事情などをも併せ考えると、被告人の本件についての刑責は極めて重大であると云わざるを得ない。

二原判決は、その量刑理由の説示において、本件犯行の重大性に関しては、前項で述べたとおり、当裁判所の判断と、ほぼ同様の評価をしており、又、被告人の犯罪傾向の現状についても後述のとおり、当裁判所の判断とほぼ同様のとらえ方をしていると思われるところ、被告人に対し有利に斟酌すべき主な事情として、(1)本件犯行は、被告人の爆発性異常人格の発現であるが、それは被告人の先天的素質と劣悪な環境が多分に影響しており、被告人のみに全責任ありとして全面的に非難できない。(2)被告人の犯罪傾向は改善可能性が全くないとは云い難い。(3)被告人に反省悔悟の情がないとは断じ難い。ことなどを挙げ、更に死刑制度及びその運用状況、その他最近の同種ないし類似事案の量刑例などを配慮したうえ、被告人を無期懲役に処したものと思われる。

そこで検討するに、本件犯行は、被告人の爆発性異常人格の発現であつて、それが被告人の先天的素質、生育歴及び劣悪な境遇などが、かなり影響していることは確かであり、その限りにおいては、被告人は気の毒な人間であつて同情できるものではある。しかし、そのような不遇な事情があるからと云つて、犯罪傾向の強い人格形成がなされるとは限らないものであり、現に、そのような劣悪な境遇にあつても、健全で社会有用の人物に成長していく者が多いことも、我々の経験上知られていることであり、従つて、被告人の異常人格の先天性、生育歴及び境遇が不遇であることを、本件の重大な犯行との関係では、それほど有利に評価して斟酌すべき事情であるとは考えられない。

次に、被告人の犯罪傾向の改善可能性について考えて見るに、原判決は、被告人の犯罪傾向が全く改善不可能のものとは云い難いと、かなり微妙な表現で説示している。しかし、被告人だけに限らず、人間の犯罪性向が改善可能かどうかは、相対的或いは程度の問題であり、これを適確に判断することは至難のことではあろうが、本件において、被告人の生育歴、これまでの不遇な境遇なども十分に配慮したうえ、被告人が幼少のころ施設に収容されていたときの生活、非行状況及び経緯、前科にかかわる強盗殺人の罪等を犯した経過、同罪等による受刑中の処遇状況、特に規律違反等の非行歴が多くて服役態度が極めて悪かつたと考えられること、そして前刑終了後の生活状況、本件犯行に至つた経過、被告人の年齢など、その他犯罪傾向に関連する諸事情をすべて考慮した場合、被告人の犯罪傾向は極めて深化していて、その改善可能性は極めて乏しいと云わざるを得ない。

なお、精神鑑定の結果によると、被告人は爆発性性格の異常人格者であるが、精神病ないし神経症等の徴候はないとのことであり、知能指数は、常人と精神薄弱者との中間域、すなわち限界領域に属するとのことであつて、その面では同情できるところではあるが、公判廷における供述態度、その他の言動などから見ても、通常の社会生活をする上で特に支障はない状況にあると思われる。

更に、被告人が本件犯行につき、真に反省悔悟しているかどうかについて考えて見るに、前刑の服役中及び出所後の生活状況、そして本件犯行に至つた経過、その前後の状況、公判廷における言動、態度など、その他諸般の事情からして、真に反省悔悟しているとは認められない。

以上のとおり、原判決が本件につき、被告人のため斟酌すべき有利な事情として説示する諸点は、その限りにおいては首肯できないわけではないが、本件犯行が余りにも重大であるということとの関連においては、それほど有利に斟酌できるものではないと考える。

従つて、前叙のとおり、本件犯行の罪質、動機、態様及び結果が極めて残酷かつ非道で重大なものであり、のみならず、本件犯行と類似の強盗殺人罪等による前科があつて長期間服役したのに、その後も反省悔悟或いは更生のきざしも見せず、前刑終了後僅か三か月目にして本件犯行に及んでいて、その犯罪傾向は極めて深化しており、もはや矯正教育による改善可能性も極めて乏しいと考えられることなどに鑑み、更には被害者側の無念の情、心痛或いは衝撃などが甚大であり、又、その地域社会或いは社会一般に与えた衝撃、影響も極めて大きいことなどを併せ考えた場合、被告人の生育歴及び境遇が不遇であり、知能程度もかなり低いことなど、その他記録に表われた被告人にとつて有利な事情をも十分に考慮し、そのほか死刑そのものの重大性並びに本件と同種ないしは類似の事案に対する量刑例など、量刑に関する一切の事情を慎重に配慮して考えて見ても、被告人に対しては極刑をもつて臨み、贖罪させる以外にはないという結論に達した。そうすると、原判決が、被告人を無期懲役に処したのは、軽きに失し不当であるので、原判決は破棄を免れない。結局論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し同法四〇〇条但書により被告事件について更に判決をする。

原判決が認定した事実に、法令を適用すると、被告人の原判示第一の所為は刑法二三五条に、同判示第二の所為中、強姦致死の点は同法一八一条(一七九条、一七七条前段)に、殺人の点は同法一九九条にそれぞれ該当するところ、右判示第二の強姦致死と殺人は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により重い殺人罪の刑に従い処断することとし、所定刑中死刑を選択し、なお、被告人は、昭和四四年一二月九日熊本地方裁判所で強盗殺人の罪等により懲役五年以上一〇年以下に処せられ、昭和五四年六月一一日右刑の執行を受け終つた(以上は前科調書、判決謄本などによつて認定)ものであるから、同法五六条、五七条により原判示第一の窃盗罪の刑に再犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるが、右殺人の罪につき死刑を選択したので、同法四六条一項本文により他の刑を科さないで、被告人を死刑に処し、押収してある水色パジャマ上衣一枚(原審昭和五四年押第五四号の2)は、原判示第一の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑訴法三四七条一項によりこれを被害者大原和彦に還付し、原審及び当審における訴訟費用については、同法一八一条一項但書を適用して、被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(緒方誠哉 吉永忠 西江幸和)

《参考・第一審判決理由抄(熊本地裁八代支判昭57.6.14)》

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和二五年七月七日母金川政子の子として出生(父は不明)し、五、六才のとき母が死亡したため、同女と同棲していた梅北熊五郎のもとで小学校に進んだが、被告人が同校で女の子にいたずらするなどしたことや右熊五郎が服役したことから民生委員のすすめで、養護施設に入ることになつたが知能が低かつたため、昭和三四年一二月より熊本県内の精神薄弱者養護施設肥後学園に、昭和三八年一二月より同愛育学園に収容され、小学校、中学校の特殊学級をそれぞれ卒業したが、右愛育学園において無断外出などを再三繰り返したため、昭和四三年六月より教護院白川学園に収容されるに至つたが、同施設においても脱走しては窃盗などの非行を繰り返し、ついには右施設を脱走中の同年九月一一日、被告人が一八才の時に強盗殺人の罪を犯し、昭和四四年一二月九日熊本地方裁判所で懲役五年以上一〇年以下の刑に処せられ服役したが、受刑中も自己中心的、衝動的な行動はおさまらず、反則事犯を重ねるなどいわゆる処遇困難者であり、昭和五四年六月一二日長崎刑務所を最後に満期出所し、その後は約一か月程身元引受人である前記梅北熊五郎方に身を寄せて同人らと生活を共にしていたが、同年七月一四日から右熊五郎の知人の紹介で移動動物園を経営する井ノ口正二に雇われ、同人のもとで働き始めたものの、それからわずか数日して移動先から行方不明となり、同年八月に入つて同人に再び雇われることとなつたが、同年九月八日、移動先の広島県東広島市西条西本町のデパートで開園中に被告人が自己の陰茎を露出するという公然猥せつの行為に及び、かけつけた警察官に注意されたことから、出所後折角就職した右動物園を解雇されたので、やむなく同月九日夜、前記梅北方に帰り、同月一一日は午前中パチンコなどをして遊び、一旦帰宅して同人らと昼食をすませた後、同日午後〇時すぎころ、かねてから護身用にと所持していた短刀様の片側鋭刃器の刃物を携帯して外出したが、

第一 同日午後一時ころ、熊本県球磨郡免田町甲一八八七番地の一、大原和彦方において、同人所有の水色パジャマ上衣一枚(時価一五〇〇円相当、昭和五四年押第五四号の2)を窃取し

第二 右パジャマを暑さをしのぐために着て同町内を徘徊歩行し、同日午後二時ころ、同町北築地付近道路上にさしかかつたところ、たまたま上田なつえ(当時二一歳)が自転車に乗つて対向して来るのとすれ違い、振り返つて同女を見ているうち、同女が周辺に人気のない牧草畑の方へ入つて行くのを認め、にわかに劣情を催し同女を強いて姦淫しようと決意し、同町北築地三九一六番地の右畑で農作業を始めた同女の背後に近づき、被告人の気配に気づいて身の危険を感じて逃げ出した同女を追いかけ、同所から約19.8メートル離れた同畑内にうつぶせに転倒した同女の両肩を掴んで仰向けにして押えつけ、その上に馬乗りとなつたが、同女が大声で助けを求めたので、このうえは姦淫の目的を遂げるために同女を死に至すこともやむなしとの意思のもとに、両手で同女の頸部を強く絞めつけ、同女を失神させてその反抗を抑圧し、同女の着衣を脱がせるなどしたところ、同女が意識を取り戻して再び救いを求めて叫んで抵抗するので、左手で同女の前頸部を強く圧して強いて姦淫しようとしたが、同女がなおも必死になつて抵抗したためその目的を遂げず、それとともに自己の犯行が発覚するのを怖れて、確実に同女を殺してしまおうと意を決し、ひきつづき左手で同女の前頸部を強圧しながら、右手で所携の前記短刀様の片側鋭刃器の刃物で同女の胸部、腹部、陰部などを一〇数回滅多突きにし、更に腹部を縦に切り裂き、陰部から腟内を突き刺すなどし、よつてその場において、同女を胸腹部、左右下肢及び外陰部に加えられた鋭刃器による切創、刺創及び刺切創に基づく失血と、前頸部に加えられた手指による扼圧に基づく窒息との競合により死亡させたものである。

(量刑の理由)

判示第二の犯行は、自己の性欲のおもむくまま、農作業中の見ず知らずの若妻に対して白昼行なつた大胆不敵の犯行であり、その態様は、被害者を強姦しようとして頸部を強圧して失神させ、蘇生した被害者が抵抗するや再度頸部を強圧するとともに、鋭利な刃物で同女の胸部、腹部、陰部などを滅多突きにし、あるいは切り裂くなどしたもので、その創傷は合計二〇創を数え、人をして目を覆わしむる惨状であり、まれに見る残虐非道な犯行であるうえ、被告人には動機において酌量すべき点は全くなく、その犯情は悪質極まりなく、更に、被告人の獣欲の犠牲となつた被害者は、二児をもうけている二一才の若妻であり、最愛の夫、いたいけな幼児を残して去つた被害者の無念の程は察するに余りあり、また働き者で優しかつた被害者を一瞬にして永久に奪われた遺族の悲嘆は容易に察することができるのに、被告人及びその家族から慰藉の方法を講じることもなく、また本件が地域社会に与えた衝撃も大きいところ、被告人は昭和四四年一二月九日熊本地方裁判所で前示強盗殺人等により懲役五年以上一〇年以下の刑に処せられ、同五四年六月一一日長崎刑務所を満期出所したが、判決書によれば右強盗殺人事件は、出勤途上の当時二〇才の女性を認め、付近に人影がなかつたことから金員を強取しようと決意し、同女を一たんやり過した後、背後からその首に手を回して絞めながら引き倒し、現金など在中の財布を強取し、その際に犯行の発覚をおそれて同女の頸部を絞めて仮死状態にしたうえ、さらに付近の用水路に押し込み窒息死させて殺害したというものであり、人影のないのを見すまして行きずりの女性を一たんやり過してから襲い、犯行の発覚をおそれて殺害するというあまりにも本件と類似共通点を持つ犯行であることが窺われる。右強盗殺人等の刑を丸々一〇年務めて出所し、わずか三か月後に再び本件を犯したのであつて、被告人の犯罪傾向がいかに強いものであるかを何よりも如実に示しており、被害者にとつては誠に降つてわいたような災難というべく、たまたま被告人と行き違つたことが不運この上ないことであつたし、婦女であれば誰でも被害者になる可能性があつたという、いわばどう猛なる野獣が野に放たれたことにも比肩しうべき危険な存在であるといつても過言ではない。

そのような犯罪傾向が顕著で改善可能性の少ないと思料される極めて危険な犯人から社会を守るということが、刑罰の目的の一つであることは否定し得べくもなく、また本件のような残虐非道な犯行を犯したにも拘らず、前示のように卑劣なる弁解のための弁解を強弁し、反省悔悟の情を示さない被告人に対し道義的、倫理的見地から厳しい非難が加えられるのは当然であつて、上記のような点を考慮すると、被告人に対し遺族らが極刑を望むのは無理からぬ心情であり、検察官が死刑を求刑したのも首肯し得るところである。

ところで、死刑が尊貴な人命の剥奪を内容とする最も冷厳な刑罰であり、真にやむをえない場合にのみ適用されるべき窮極の刑罰であることを考えると、その適用は特に慎重でなければならず、その量刑判断にあたつては、被告人のために斟酌しうべきあらゆる事情について十分な検討がなされなければならないことはいうまでもない。改正刑法草案四八条三項が「死刑の適用は、特に慎重でなければならない。」としているのもその趣旨を明文化したとみるべきである。

そこでなお被告人にとつて斟酌すべき事情がなきか検討を加えると、まず、前掲各証拠に猪瀬直樹の証言等を総合すれば被告人の生い立ちや生活歴としてつぎのような特異ともいうべき状況が認められる。すなわち被告人は五、六才ぐらいのとき実母金川政子と死別し、実父は誰であるかわからず、被告人には全く実父母の記憶がないこと。母死亡後は前示梅北熊五郎等に育てられたが、被告人が属していたのは、いわゆる山窩生活の名残りを留めたと思われるごく少数の集団で竹細工や廃品回収で生計を立て、免田町にあつては河原に小屋を建てて居住するなど集団の生活は赤貧であつたことが窺われ、この集団は外部の人達との接触を極力敬遠し、かならずしも明らかになつていないがその集団内だけの特別な規律で生活していたようであり、被告人はそのような環境のもと一応小学校へ進学したものの友達はおらず(この点につき被告人は公判廷で「他の子は話しかけてもくれず、自分から話しかけることもなかつた」と供述している)、幼少時は、ほとんど一人で遊ぶか犬や動物を相手に遊んですごし、学業成績は不良で情緒の安定感がなく、事故欠席が多かつたことが指摘されていること、冒頭判示のように被告人が九才頃の時、前記熊五郎が懲役に服することになつてから施設等で生活するようになつたが一八才の時、白川学園収容中脱走し、前示強盗殺人等を敢行し、五四年六月長崎刑務所を満期出所するまで一〇年間服役したが、刑務所においては、限界級から軽愚級の知能で、情操、社会性の遅滞があり、自己中心的などの人格水準の全般的偏りがありと判定され、一般施設では処遇困難で、城野医療刑務所に移送されたこともあつた、以上のような事実が認められる。

つぎに、鑑定人神田橋條治作成の鑑定書及び同人の証言によれば、被告人の現在の精神状態は、精神病や器質性の神経疾患を疑わせる徴候はないが、知能低く普通人と精神薄弱者との境界領域に属すると考えられ、脳波上に軽度の全般的機能障害(発達不全)を示唆する所見が認められ、行動性、日常会話では精神薄弱をあまり感じさせないが、抽象的思考力、論理的思考力には著明な低下がみられ、結局、知能は常人と精神薄弱者との中間域にあり、いわゆる境界領域に属すること(ただし、同証書によれば、探られるとか、調べられることに対し、非常に警戒的な、知能に不均衡な優れた防禦能力を有するとし、当公判廷での被告人の弁解からもこの点が窺われる)、性格は爆発性性格の異常人格者であり、情緒性の未発達が目立ち、衝動的、爆発的行動をとりやすいといわれ、右のような性格異常は先天的な素質と前示のような苛酷な環境とが相まつて形成されたと解され、さらに犯行時及び犯行後の精神状態については、現在と同じ精神状態であるが、犯行直後からしばらくの間軽い不安興奮状態にあつたとされ、同証言によれば、一歩を進めて刃物の使用後は犯行直後の不安興奮状態ないしは恐慌状態と同様の精神状態にあつたと思うのが自然であるともいわれ、また、被告人に見られるシュナイダーの性格類型にいわゆる情性欠如者(人間らしい同情、共感、あわれみ、良心羞恥心などの情性に欠けるもので、社会的には冷淡、残酷、無情な犯罪をくりかえす。背徳者、反社会人、生来犯罪者などと呼ばれる)的側面も、被告人の別な側面として母に対して依存的で母親の話になると涙ぐむ、梅北熊五郎に対する親しみをもつた配慮、小さい時の悲しい運命を持つた犬の思い出話等をする事実などを考慮すると、情性欠如者的な性格偏倚より生じたものではなく、むしろ爆発性異常人格を基盤にした異常人格者に精神遅滞が加わり発展してきたものと考える方がよいとの判断がなされていること、以上の事実が認められる。

さて、ここで本件殺人、強姦致死の犯行をふり返つてみると、まず強姦を決意し、首を絞めて一時失神させるが、その時点では判示のように未必の殺意であつたこと、失神状態の被害者の着衣をはぎ取つたところで被害者が意識を取り戻し、助けてと大声で叫んで暴れたところで、発覚をおそれて確定的殺意のもとに首を絞め刃物で刺す等したのであるが、確定的殺意をもつてなされる行為の前と後では、前示鑑定人の証言等によれば若干意識なり精神状態のちがいがあるように見受けられる。すなわち、刃物の使用後はいわゆる爆発性異常人格の発現(不安興奮状態ないしは恐慌状態)がみられ、右は限定責任能力が問題とされたり或は心神耗弱状態とはいえないまでも、人によつてはもうろう状態を疑うほどのものであり、右のような爆発性異常人格及びその発現は、前示先天的な素質と劣悪な環境が生んだ所産ということもでき、被告人のみを全面的に非難できないものがあるのではなかろうか。(ちなみに、この点に関し鑑定人は「意志的に計画されたものでなく、境界領域の知能に加えて、爆発性性格を持つた異常人格者によつて、偶発的に近い形で起された犯行」であるとの見解を述べている。)しかし、だからといつて、被告人の前示犯罪傾向が顕著であることに何ら変りはなく、むしろ危険性が大であることの証左としてとらえるべきことであろうけれども、刑罰が人格に対する道義的非難可能性ということを基本にすえているとみる以上、人格形成過程における前示の事情は、死刑を選択すべきか否かを決する場合には、やはり被告人にとつて斟酌さるべき事情といいうるし、爆発性異常人格というものが年月によつて治る見込みがあるかにつき、前示鑑定人は「被告人の場合は何とも判らないが、脳波の徐波は子供の如き未熟者に多く、大人になり消えるのが一般」と証言しており、また前示のように被告人につき認められる情性欠如者的側面は、情性欠如者的な性格偏倚より生じたものではなく、爆発性異常人格が基盤になつて発展してきたものというのであるから、被告人の犯罪傾向も年月の経過と共に改善の方向へ向う可能性が全くないとはいい難く、この点も被告人に酌むべき事情として考慮の余地があるように思われる。

ところで、被告人は前示のように当公判廷において犯行を否認し、牽強付会の弁解を弄していることは、被害者の遺族等の感情を逆なでするもので反省の情を欠き誠に遺憾といわねばならないが、第一〇回公判において検察官から極刑を求刑されて否認の態度に変つたものとみられ、この点人間の弱さを考えるとき理解できないことではなく、少なくとも反省悔悟の念が全くないと断じ去るのは酷ではなかろうか。そして近時世界的にみても我が国でも死刑の言渡しが従来にまして一段と慎重になり、その数も少なくなつていることを直視し、その志向するところに心を向けることも必要で、本件と同種ないし類似事案の多数の最近の量刑例とも対比し、前示情状を考慮すると、被告人に対し極刑を科することには、なお躊躇を覚えざるを得ない。むしろ死一等を減じ、被告人が自他の生命の尊厳なるゆえんを真に自覚し、終生被害者の冥福を祈るとともに贖罪の道に志すことを期待するのが相当というべきである。

当裁判所は以上の理由により被告人を無期懲役に処したのであるが、被告人が一日も早く本件を深く反省悔悟し、被害者の遺族に詫び、被害者の冥福を祈る心境になることを切に望むものである。

よつて主文のとおり判決する。

(河上元康 豊田圭一 山内功)

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